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錦織一清『少年タイムカプセル』試し読み

2023年2月28日

錦織一清『少年タイムカプセル』試し読み

錦織一清『少年タイムカプセル』試し読み

著者: 錦織一清

 少年隊の“ニッキ”こと、錦織一清さん初の自叙伝『少年タイムカプセル』(新潮社)。本書は、12歳でジャニーズ事務所に入所、1985年「仮面舞踏会」でデビューした錦織さんが、盟友・植草克秀さんや東山紀之さん、時代を超える名曲、ダンス論、そして恩師・ジャニー喜多川さんのことなどについて語る、貴重な芸能史の記録にしてエンターテインメント論です。

 3月1日発売の本書より、錦織一清さん本人の筆による「はじめに――小さな町の小さな家」を公開いたします。

錦織一清『少年タイムカプセル

2023/3/1

公式HPはこちら

はじめに―小さな町の小さな家

 高気圧が張り出した真夏の河川敷に、鉄橋を渡る電車の音が、下町の夏休みを演出している。少年野球最後の年を、目を凝らせば四葉のクローバーでも見つかりそうな、まだ整備も行き届いていない原っぱのようなグラウンドで、みんなおんなじ坊主頭の少年達が、夕暮れになるまで汗を流している。中途半端に伸びた頭のヤツが水を被れば、まるでハリネズミのようになる様をケタケタと笑いながら、銭湯に行く時間を約束する。そんな夏休みに一本の電話がかかってくる事で、それから数十年間この私が、ずっと少年のままでいる人生が始まったのです…。

 1965(昭和40)年に世田谷に生まれ、親父の仕事の都合で2歳の時に、下町は江戸川区の平井という町(当時はまだ逆井(さかさい)という地名でしたが)に父親と母親、姉、そして私の4人家族は、移り住みました。小さなアパートの部屋に、家族4人が、一本多い川の字になって寝る生活。もちろん風呂などは付いておらず電話は大家さんからの呼び出し、敷居からはみ出したコタツの前には、家具調のテレビが偉そうに陣取っていました。木の天板の上には、誰から貰ったんだか訳の分からない木彫の熊。時季によっては、ガラスの中に入った雛人形。高学年になったくらいの時、姉貴が工作の時間に作ってきた、目んトコだけくり抜いた、石膏でできた気味の悪い自分の顔のお面。
 「しばらくテレビの上に置いておけば甘くなるから、まだ食べちゃ駄目!」
 お袋がそんなことを言いながら、半月くらいそのまま居座る、根拠の無いパイナップル。当然、正月過ぎても置いてある鏡餅とみかんにはカビが生えてました。そんな大活躍のテレビの上に、ある日仕事から帰ってきた親父が、外した自動巻きの腕時計をヒョイっと置いてしまい、磁気の影響で壊れてしまうなど、もうウチはやってる事が、ドボチョン一家のような人生です。
 年頃になってきた姉は、そのテレビに映し出されるフォーリーブスを観て、飛び上がって喜んでいます。郷ひろみさんが登場した時は、飛び上がり過ぎて、上から吊るしてある蛍光灯をアタマで割ってました。何が起きてるか分からない歳の離れた弟の私は、ヌンチャクを振り回しながら、もう一個吊ってある蛍光灯を割りました。ドタバタを余所目に、親父は酒を飲んでるだけです。お袋は紅茶キノコに凝ってます。

 小さな町の小さな部屋でしたが、とても愉快な生活でした。近所の人達は優しくて、子供が多い時代のため友達もいっぱい居ました。先日この本の表紙撮影で平井三丁目を歩いていた時、
 「あれ? カズちゃん!」
 と、年配の女性に呼び止められると、それは昔お袋が町医者の看護婦(当時)として働いていた時の患者さんであり、友達としてお付き合いをして頂いていたご婦人でした。なんとなく見覚えのある顔に、すっかりオヤジになった私はただ照れ笑いを浮かべるだけでした。そこへ行けば今でも誰かに会いそうな親しみ深い町です。たとえ風呂付きの賃貸住宅に移っても、週に何度かは野球仲間と銭湯に行くような、そんな仲間意識に溢れる町です。

 夏のある日、銭湯から帰ってくると、今度の日曜日にテレビ朝日に来られないか、という電話があった事を、部屋に入るなりいきなり聞かされました。
 「…?」
 なんのことだかさっぱり解らず問いただしてみると、姉が遊び半分で履歴書を送ったということが判明しました。小学生だった私はああだこうだと丸め込まれ、家族4人で六本木という駅を死に物狂いで探し出し、あの夏休み、私の人生を決める事となるリハーサル室へと連れて行かれたのです。黄色い電車(総武線)から地下鉄に乗り継ぎ、日比谷線六本木駅からテレ朝まで歩いた道のりが、最近では主に舞台演出をしているこんな所まで、今こうしてこの原稿を打っているこんな自分まで、まさかここまで続いていたとは思いもしませんでした。

 まだ人生を語るには早いかもしれませんが、本書は新潮社様のご厚意とお力添えにより、青春時代を振り返る機会を与えていただいた結果、刊行することができました。デビュー当時に色んな雑誌のインタビューを受けた内容と、多少の重複感があるのは否めませんが、この本ではかなり奥深く、詳しく語っていると思います。読み進めることに時間を使っていただく読者の皆様にも、深く感謝いたします。

 商店街を抜けるとそこに母校があり、少し歩くと友達が沢山住んでいた、何棟も立ち並ぶ都営住宅があり、お袋が働いていたお医者さんの横には、私たち家族が住んでいた集合住宅。撮影のため数名のスタッフと一緒に、あちこち歩いた事は本当に楽しかったです。
 路地を曲がる度もしかしたら、自転車に乗った子供の頃の自分と擦すれ違うんじゃないかと思いました。そして最後に撮影メインの場所へ
 近くの駐車場に車を止め、荒川の河川敷に腰をおろすと、そこは少年時代です。向こう岸まではかなりある川幅の上を、鉄橋を渡る電車の音が、僕を思い出という駅へと誘うのです。

 それでは一緒に、タイムカプセルを開けてみましょう。

2023年1月
錦織一清

 

錦織一清『少年タイムカプセル

2023/3/1

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錦織一清

1965(昭和40)年、東京都生まれ。12歳でジャニーズに入所、85年12月12日に少年隊として『仮面舞踏会』でレコード・デビュー。以降、『君だけに』『ABC』『まいったネ 今夜』など時代を超える名曲を次々と生み出す。86年には青山劇場でミュージカル公演「PLAYZONE」をスタート。以降、2008年まで毎年公演を行った。個人でも多くの舞台に出演、2009年頃からは演出家としても広く知られるようになる。2020年12月31日にジャニーズ事務所を退所。現在は、主に俳優・演出家として活躍中。シンガーとしても、2021年にはシングル『Cafe Uncle Cinnamon』をリリース。著書に『錦織一清 演出論』(日経BP)がある。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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